国道25号線を右に進みます 

日露戦争記念碑 

杭全神社 

平野川沿いに戻りJR大和路線の踏切を渡ります

ブランドリーふせ商店街  

足代安産地蔵菩薩

GSの先を左に曲がります

しばらく進むと古い道標があります

中高野街道はここを右に曲がります

巽神社へと進みます

巽神社

JR学研都市線の踏切を渡ります

新田橋を渡り諏訪神社へと進みます

諏訪神社拝殿

中央大通りを渡り、龍光寺の前を進んで行きます

念唱寺

小路耕地整理の
記念碑

杭全神社 HP

京阪電車守口市駅東口

ここを左へ十三夜坂を下ります

ここを左に曲がります

左側の道を進んで行くと高瀬神社があります

高瀬神社本殿

高瀬川跡の前をななめに横断します

地蔵尊

細い路地を右に曲がります

放出大橋を渡って右に進むと区袁脇に寝屋川改修記念碑があります

放出東の古い町並み

平野川のよけいばしを渡ります

含翠堂跡 

下足代橋

中高野街道


今回は京阪電車守口市駅北側、中高野街道の起点とされる
十三夜坂からスタートしました。
十分な地図がないためコースを
外れている可能性があります。

左に曲がります


深江稲荷神社の裏に
法明寺があります

融通大念仏宗(ゆうづう
だいねんぶつしゅう)の
中興の祖、法明上人(ほう
みょうしょうにん)の開基で、
境内に「雁塚(がんづか)」
と呼ばれる二基の石塔が
あるので有名なようです。

菅公腰掛石

商店街前を右に曲がり、深江稲荷神社に立ち
寄りました。


2009.09.19(土) 8:30

   


◆巽神社
社伝によれば、巽神社は応神天皇を奉り
旧河内国渋川郡大地(おおぢ)村にあり、
八幡神社といわれていました。
創建年代は明らかではありませんが、
平安時代に編纂された和名類聚抄
(わみょうるいじゅしょう)巻の六にも河内国
澁川郡に邑智(おおち)とあるほか、竹淵
(たかふち)、餘戸、跡部(あとべ)、賀美
(かみ)、と集落があり、氏神を祀る風習
から既に神社が祀られていたようです。

JR大和路線平野駅 

中高野街道@ 「京阪電車守口市駅〜JR大和路線平野駅」 <2009.09.19>


ブランドリーふせ商店街の中を進んで行きます。


近鉄のガードをくぐり
さらに先のほんまち
商店街へと進みます。


商店街の入り口に
足代安産地蔵菩薩
があります。


念唱寺横の公園に説明板がありますが、
剥がれ落ちて読めませんでした。


天智天皇7年(668)、熱田神宮に祭る草薙剣
(くさなぎのつるぎ)を盗んだ者がおり、当地まで
逃れてきたが大嵐にあい、恐れてそのまま放置
して逃走、土地の人が当社に祭り、その後熱田
神宮に奉還したという。


境内の隅に、古い道標が移設されて
残っています。

横断歩道を渡りまっすぐ進みます


国道を進むと
含翠堂跡
があり
ます。



この先に杭全神社の鳥居があります。
中高野街道はここから国道を横断して
南に進みますが、今回は杭全神社に
立ち寄った後JR大和路線の平野駅へ
向かいました。


加美巽川を渡ります。
その先の突当たりを
左に曲がり、府道を
右に進んで行きます。



杭全神社本殿 


杭全神社の参道を進んで行くと、
筆塚があります。

横には、日露戦争記念碑と、
忠魂碑があります。

南に進みます

*小さい写真はクリックすると大きくなります


交差点を曲がらず
まっすぐ進み法泉寺
に立ち寄りました。

河骨池口地蔵


この常夜灯は道票に
なっているようですが、
かなり見にくくなって
います。


◆高瀬神社
この神社は、延喜五年(905)から
延長五年(927)にかけ作成された
延喜式神名帳に記載されている由緒
ある古社です。
祭神は天御中主命で、旧の世木・
馬場村の氏神であります。

杭全神社第一本殿 

旭神社本殿

若宮八幡宮本殿


◆旭神社
古来から治水雨乞いの神として信仰を集め、
祈雨祈願所として知られた。
淀城主稲葉丹後守正益が寛延2年(1749年)に
奉納した灯籠二基が現存し、また境内には
樹齢600年以上のくす、いちょう、むくの木など
天然記念物に指定された古樹がある。
祭神は素盞鳴尊で、創建の年月は明らかで
ないが、縁起により天平5年(733年)頃と推測
される。

      大坂市平野区HPより


念唱寺の角にある聖源寺の「南無妙法蓮華経」石碑です。
側面に  享保12年・東足代村・聖源寺

諏訪神社方面に進みます

第二寝屋川 古大和橋を渡ります


阿遅速雄神社を
出て右に曲がり
JR学研都市線の
踏切を渡ります。


法明寺から布施の商店街に戻り、商店街の中を進んで行きます

法明寺


古大和橋を渡った所に、旧町名「三組町」の
継承碑があります。

右に曲がります


お陰参りという伊勢神宮への
参詣を記念して建立された
物です。

阿遅速雄神社

杭全神社第二本殿 

放出大橋を渡ります

ここを左に曲がり民家の間を抜けます

国道479号線合流部の手前を左に曲がります

念佛堂

八幡大神宮の前を進みます

忠魂碑 

法泉寺

旧巽村役場跡


◆杭全神社
平安時代初期坂上田村麻呂の孫
当道(とうどう)が素戔嗚尊を勧請
して第一殿に平野郷の氏神として
祀り、創建したと伝えられている
古社です。
鎌倉時代初めの建久元年(1190)
には、熊野権現を勧請して第三殿に
祀り、さらに後醍醐天皇の勅命で
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)を
第二殿に祀った。
3社殿とも、国の重要文化財です。


石碑の前を進むと念唱寺の角に
ある大きな石碑の前に出ます。


高瀬・世木の道の道標を進んで行きます。

守口から布施への地図

しばらく進むと護念寺があります

阿遅速雄神社拝殿


地蔵尊の横を
進んで行くと、
阿遅速雄神社が
あります。

JR大和路線踏切を渡り北側から平野駅へと進みました。

14:45JR大和路線 平野駅到着

杭全神社拝殿 

ほんまち商店街から右に進みます

諏訪神社は、
長野県にある
諏訪大社の
全国に5千以上
あるともいわれる
分社の一つです。

祭神は建御名方刀美命(たけみなかとみの
みこと)と八坂刀売命(やさかとめのみこと)を祀っています。


京街道を少し東に行くと、
説明板があります。


しばらく進むと
河骨池口地蔵が
あります。



大坂市生野区
HPより

しばらく進んで行くとおじいさんの木(エノキ)があります

平野川沿いから旭神社へ進みました

巽神社


常夜灯の前を右に
曲がると、御地蔵さん
があります。

すぐ大坂 右世木?

右側の道を進みます

路地を抜けると布施の商店街前に出ます

法明寺本堂

護念寺本堂

この路路を進みます

巽神社前を南に進んで行きます

近鉄電車ガード  

大阪府の天然記念物に指定されている
樹齢1000年ともいわれている境内の
大くすのき。

布施から平野への地図

深江稲荷神社


諏訪神社から、大阪市と東大阪市の間を
進んで行きます。

旧道は右?橋がないのでまっすぐ進みます

高瀬川跡

筆塚

高瀬神社の南側ロータリーの所に高瀬川跡があります。
平安時代には「高瀬の淀」、江戸時代には「守口川」とも
呼ばれていたようです。

角に常夜灯があります

杭全神社横からJR大和路線平野駅へと進みます 

ほんまち商店街  

旭神社・若宮八幡宮  拝殿 

諏訪神社

深江稲荷神社拝殿

鶴見緑地前を進みます

お陰燈籠

JR大和路線平野駅〜南海電車高野線千代田駅

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放出大橋からまっすぐ進むと正因寺の前に中高野街道の説明板があります

高瀬神社

右・大坂


十三夜坂を下り道路を横断して京阪電車守口市駅の下をくぐって行きます。
ここから平野までの道は「放出街道」と呼ばれていたようです。

この先を道なりに進みます

分岐点 京街道の道標

杭全神社鳥居

京阪電車守口市駅東口北側

旭神社・若宮八幡宮

深江稲荷神社 HP 

左に曲がりすぐ右の路路に入ります

杭全神社第三本殿 


中高野街道に戻り
南に進んで行くと、
旧巽村役場跡が
あります。


公園前に紀功碑があります。この先路路を進んで行きます。


法泉寺横に古い
道標があります。

右・大坂、
左・信貴山

杭全神社
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