国道を横断し矢立茶屋の横を進みます

袈裟掛石

四十五町石

国道の右へと進みます


説明板横の階段を登ると地蔵堂が
あります。

左に進むと六十町石があります。

六十町石

五十九町石と七対のお地蔵さん

五十五町石



五十五町石のすぐ
先に袈裟掛石が
あります。



弘法大師が袈裟衣を掛けたといわれている
石です。
ここからが高野山の清浄結界です。



袈裟掛石から
五十四町石を
越えると、押上
石があります。

大師のお母さんが結界を乗り越え入山
しようとした時、激しい雷雨が火の雨と
なった。
大師は大岩を持ち上げてお母さんをかく
まったと言われている。



五十三町石の前には高野山町石道の
説明板があります。

矢立砂捏地蔵堂

五十八町石

押上石

五十二町石

小さな石仏 坂の上は休憩所

二十六町石

高野山上 大門

六町石

二町石は柵の中にあります

百七町石

百二十三町石


古峠からしばらく進むと、二ツ鳥居があります。
百二十町石付近の峠に並立している石造の鳥居で、弘仁10年(819)5月3日、弘法大師によって
当初は木造で建立されたものと伝えられています。

百十八町石

百八町石と二里石

八十六町石

百三十町石

神田地蔵堂

九十八町石

白蛇の石


2010年2月6日(土) 8:20

南海電車高野線九度山駅からスタートしました

●世界遺産 高野山町石道

弘法大師が開いた高野山に九度山町
慈尊院から高野山上まで登る参詣道が
高野山町石道です。
この町石とは距離の単位で一町約百九
メートルで、九度山町慈尊院から始まり
山上の壇上伽藍まで百八十町あります。

また、慈尊院から数えて36町(1里)ごとには、
町石の近くに里石が合計4基置かれています。

八十三町石

丹生都比売神社 HP

一町石も柵の中にあります

真田庵

真田橋  歴史街道の道標

百五十町石

高野山町石道の基点百八十町石

高野街道トップページへ

壇上伽藍〜奥の院御廟

二ツ鳥居


二ツ鳥居から
下っていくと、
白蛇の石が
あります。


さらに下っていくと応其池の横に出ます。
一部ゴルフ場のカート道になっています。

百二十五町石

勝利寺仁王門

四町石

不動坂

コース地図 和歌山県街道マップ No.2

厄除観音の碑

貧者の一灯お照の墓へと進みます

お地蔵さん


橋をわたると慈尊院の
石碑があります。

三町石


奥の院への町石も壇上伽藍から
36基あります。

高野山町石道 一町石

「真田幸村物語」

能光尊之史跡

丹生橋

真田地主大権現

百二十八町石

六本杉峠に戻り 百三十六町石から進みます

勝利寺本堂

勝利寺への急な石段


坂道を登りきった所に大門があります。
高野山の入口にそびえ、一山の総門です。

大門の横手には弁天岳登山口があり、山頂には
弘法大師が勧請された嶽弁才天が祀られています。

大門をくぐり壇上伽藍へと進みます。

高野山町石道

八十町石

七十三町石

壇上伽藍

二ツ鳥居


駅前の坂道を下り
真田橋を渡ります。

歴史街道の道標が
あります。



橋を渡りまっすぐ進むと
真田庵への案内板があります。
ここを右に曲がり真田庵へと進みます。

十一町石

鏡石

七十町石


海抜500Mの盆地
天野に約1700年前
よりお祀りされている
丹生都比売神社は、
通称天野社・天野
大社の名で呼ばれて
います。

弘法大師が高野山開創と
共に、特に関係深い当社は、地主神、
また高野一山の鎮守神として現在に
至っています。

貧者の一灯お照るの墓

百六十三町石

展望台から



国道を横断し
坂道を登って
行くと、小さな
石仏が並んで
います。

その先に休憩所があり高野山町石道の
説明板があります。

三十九〜三十七町石と四里石は国道沿いに
あるようです。

百三十二町石

五町石

二十四町石

二十一町石

三十四町石

女人堂

七十八町石


ゴルフ場の横を
進んでいくと、
かつらぎ町の
イラストマップが
あります。

さらにすぐ横には子安地蔵尊を本尊とする
神田地蔵堂があります。

ここは、旅の休憩所としても利用されていた
ようです。



六十一町石から
下っていくと国道
に出ます。

すぐ右に矢立砂捏地蔵尊の説明版が
あります。


七十五町石

丹生都比売神社

百七十町石

六十三町石

石垣の上 百七十三町石

清不動

百十一町石

世界遺産・丹生官省符神社 HP


壇上伽藍から金剛峯寺へと向かいました。さらに女人堂へと進み
ました。
壇上伽藍から先のコースは前回登ってきた高野街道のコースです。

丹生官省符神社 119段の石段



丹生橋を渡り
慈尊院へと
進みます。


十町石の前を左に登ります

世界遺産 丹生都比売神社

百四十四町石と一里石

丹生官省符神社

高野山石道@ 「南海電車高野線九度山駅〜高野山壇上伽藍」 <2010.02.06> 

世界遺産 金剛峯寺


空海が創建した寺で、女人禁制の
高野山に入れなかった空海の母は、
高野山の麓にある慈尊院に住み
ここで逝去した。以来、慈尊院は
女人結縁の寺として女人高野と
呼ばれています。

多宝塔は平成に大修理中でした。

慈尊院は・丹生官省符神社・町石道・
丹生都比売神社と共に世界遺産に
登録されています。

百五十九町石

十四町石

十二町石



極楽橋を渡り右に進むと南海電車の駅に
到着です。

15:23 南海電車高野線極楽橋駅に到着



町石道の後半、壇上伽藍から奥の院御廟
へは、再度ここから壇上伽藍へと向かい、
奥の院側の一町石からから進みます。


百四十九町石

七十二町石と三里石

六十九町石

百五十七町石

南海電車高野線 九度山駅

左の斜面上に百十三町石があります

慈尊院 本堂


真田庵は真田昌幸・幸村が閑居した屋敷跡に
建つ寺院です。
幸村の旗印である六文銭が刻まれた門をくぐると
重厚な本堂があり境内には開山堂や土砂堂、
真田宝物資料館、真田昌幸の墓などがあります。

二十町石


世界遺産の標識からすぐの所に、
宝筐院塔があります。

百五十四町石  新旧の石碑


百七十九町石から進んでいくと高野山町石道の説明版が
あります。近くに厄除け十一面観世音菩薩の碑があります。
その手前を右に曲がりると勝利寺があります。

南海電車高野線 九度山駅



二十八町石を
過ぎると鏡石が
あります。


この石の角に座って真言をとなえると
必ず成就するとのいわれがあります。




百二十四町石のところが古峠です。
ここを左に進むと南海電車高野線の
上古沢駅へ行けます。

古峠からしばらく進むと二ツ鳥居が
あります。


丹生都比売神社

車道に出て左へ進みます

六本杉峠


六本杉峠を右に進み丹生都比売神社へと
向かいます。
高野山町石道は峠から左方向です。


石段を登っていくと途中に高野山町石道の
百八十町石があります。

ここから高野山上壇上伽藍まで180基の
町石があります。

百三十七町石

石仏


女人堂の前から不動坂へと進み極楽橋へと下っていきました。

六十一町石

右の階段を登ります


仁王門をくぐると正面に
十一面厄除観音菩薩の
本尊を祀る観音堂があり、
その右には地蔵堂、左
には大師堂があります。

八十一町石

百七十九町石


丹生官省符神社拝殿の前を右に進み坂道を下ると
百七十九町石があります。

極楽橋

南海電車高野線極楽橋駅

百六十四町石 展望台

真田昌幸の墓


丹生橋から進んでいくと高野山町石道の説明版が
あります。ここを左に進み慈尊院へと進んでいきます。
しばらく進むと右に能光尊之史跡があります。

嶽弁才天

真田庵

百四十二町石 新旧の石碑

丹生官省符神社

八十七町石


高さ25.8メートル、法橋運長作の
金剛力士像を左右に安置した重層の
楼門です。

*小さい写真はクリックすると大きくなります

笠木峠右に進みます

コース地図 和歌山県街道マップ No.1

四十九町石

四十二町石


細い道を200m
くらい進むと、
お照るの墓が
あります。


車道に戻りしばらく進むと左側に
丹生都比売神社の鳥居が見えてきます。

新旧の五十三町石

慈尊院

百二十四町石

百二十七町石

百六十九町石

百七十七町石 右側の道を進みます

慈尊院橋を渡ります

慈尊院 大師堂

ここを左に進みます

ここを右に真田庵へ

三十一町石

三十町石


壮麗な彫刻と彩色が施された本殿四殿は、春日造りで最大の規模を誇り、楼門とともに国の重要文化財です。

<
inserted by FC2 system